自分に自信がないんだろうな

「はなし勝つ」「はなし負ける」

ピンときますかね?ぼくは人と話をするとき、たまにこの二つの言葉を意識します。

 

ほんとにしょーもないんですけど、はなすことでどっちが上なのかをハッキリさせたい時があります。

「自分のほうが上だぞ」ということを相手に伝えたいんでしょうね。

 

でも、ただ自信がないだけなんだなあと。「相手にスゴいとおもってほしいからはなし勝とうとする」これって、言葉にしないとスゴいって伝わらないと思ってるんですよね。つまり、今の自分はすごくないから、言葉でわざわざ伝える必要があるんです。

 

なんかそこまでしてスゴいと思われたいのかっておもうと、もはや笑えてきます。笑

 

反対に自信満々のときは、ただはなすことを楽しんでます。相手の話のひとつひとつをおもしろがっていて。勝ち負けなんて気にしません。

 

自分を認めず、自信がないときはけっこう無駄なことを考えますね。こうして言葉にしてると、自分がどれだけ弱い存在なのかがわかります。けどそれが自分。ひとつひとつ認めていきます。

気づくと否定から入ってしまう

嫉妬なのかもしれない。人がやっていることを面白いとおもいたくない自分がいるのかもしれない。かもしれないと書いているが、事実。

 

でも、やはりこれは損している。「おもしろくない」というのは、「このおもしろさを理解することができない無感覚人間なんです」と言っているようなもの。

 

理解しようとするのをやめてしまえば、ひとつのおもしろさを理解する機会を損失することになる。もったいない。

だからとりあえず肯定する。そんで話をきいてみると、徐々に徐々にわかってくる。

 

肯定される方もきもちいいもんで、自然と自然と口から言葉があふれてくる。どっちも楽しい。どっちも得。

だけど、おもしろくないと否定してしまうと、せっかく出会ったおもしろさを理解できなくなるし、話してる方もテンションがさがる。おもしろさを共有したくなくなる。

 

前はできてたはずなのに、いつのまにかできなくなってるもんだなあ。

「自分はスゴい。こいつより上だ」みたいなプライドが邪魔してる。自分ができることはほんの少しで、できないことはたくさんある、ということを認めながら進もう。 

負のスパイラルに踏み込んだとき

「あー、今とまってんなぁ」ってときないですか?

なんとなくうまくいかないとき。ぼくはあります。しかもここ一年で何回も。波があるイメージ。

 

だいたいぼくがうまくいってないなあとおもう原因は、行動をやめたとき。立ち止まってしまったときです。

それも、辛くてあきらめるというより、満足してとまっていることの方が多いですね。

 

今いい波ノってて、まわりからもほめられるし承認欲求も満たされて最高~!人に話を説くのが最高に楽しいぜぇ~!ってとき。

あたまの中を言葉にするとこんなかんじ。笑

 

人に話してばっかで、気づいたら行動しなくなってる。自分がしたいことを忘れてる。過去の話ばっかりベラベラはなす、形だけスゴい人間になってます。

 

ぼくのデフレスパイラルの原因は、だいたい満足ですね。承認欲求が満たされてくると悪い流れにいく感覚があります。

 

みんなはどんなときにデフレスパイラルになってるんだろ。

【実践編】家族みたいなコミュニティ

居場所がほしい、そんな理由でシェアハウスをつくります。ぼくが生きてきたなかで、最強のコミュニティは家族。すきとかきらいの次元じゃなくて、家族。

 

で、前回なんで家族は最強のコミュニティなのかを考えてみました。理由は3つ。

 

①時間の共有

②衣食住の共有

③おかねの共有

 

①は、家でのイベント。そのシェアハウスでのイベントをやればよくて、旅行もそうだし、今回の物件(蛇口から温泉が出る)では、温泉をつくったり。家具つくったり。

 

②は、まず洗濯。それぞれでやるのではなく、まとめてやる。食は料理。外食でもいいけど、家で料理を作る。住は一緒にすむ。

 

①と②は違和感なくというか、抵抗なくすすめられる。が、おもしろいのは③、おかねの共有。

こればかりは、まだお金を共有なんてしたことない他人とお金を共有するなんて、どうしても違和感がある。

そこで、江戸時代の頼母子講とにたようなシステムをつかってみる。

65000の家賃に対し、ひとり30000払うとする。5人すむとすれば、150000-65000で85000円が浮く。普通なら運営者の利益になるが、そうではない。

5人の中から1人をえらび、渡す。運営者か住人かどうかなんてお構いなし。関係ない。

なにに使うかどうかも自由にしてみる。

 

さいごに

 

明後日からシェアハウスを始めるので、組み込んでみる。また結果をメモがわりに記事にする。

最強のコミュニティは『家族』

家庭によって変わるだろうが、ぼくが一番'素'でいられる場所、素を引き出してくれる安心感のある居場所は家族だ。今後更新される可能性もあるけど、今のところ最強。

 

コミュニティを考える上で参考になるのは、家族かもしれない。とくに、ぼくはシェアハウスとしてのコミュニティを考えるとなると、家族的なコミュニティを求めることになる。

 

なにかに対して我慢することなく発言できる。怒ることだってできる。怒っても関係性がくずれることがないという安心がある。ほとんど完璧な安心が保証されているようなもの。

 

なぜ家族はコミュニティとして機能しているのか

①人生の多くの時間を共有している

20のぼくにとっては、どう考えても今までの人生で一番時間を共有している。

楽しい、悲しい、うれしい、おかしい、印象に残っているいろいろな体験を共有している。それは一緒にいる時間がトップオブトップで長いから。

 

②場所を共有している

「家」という場所を共有している。ここにくればだいたい家族がいる。「衣食住」を共有しているともいえる。

ひとつの洗濯機で服を洗うし、ひとつのテーブルでご飯を食べるし、ひとつの場所にまとまって住んでいるし。

 

生活する上で必要なことを共有している。

 

③おかねを共有している

「家族」というひとつの個体として金銭感覚が存在する。外食にいく場所もそうだし、旅行のときのホテルとかもそう。家族それぞれによって感覚に差がある。いわゆるお金持ちかそうじゃないかともいえる。

 

破綻せずに生活していくうえで、金銭感覚の共有は重要なのかもしれない。

 

 

狂気に満ちたゲリラニートがもどってきた

ここ数ヵ月、ダラダラとニート生活を続けているわけですが、今日『fever』というサービスを創っている会社の代表、今田さんという方のブログを見ていると、なぜだか興奮してきました。(ヘンな意味ではない)

 

なぜだか狂気がどんどん自分に満ちてきているのを感じます。人生に対するワクワク感をおぼえたのは久しぶりです。かなり。

 

これがどれだけ続くかは知りませんが、なんかまた変わる気がしたので、一応書き留めておくことに。

不登校は不幸じゃない

「#不登校は不幸じゃない」

 

Twitterで最近みかけるハッシュタグです。このタグについて動画でコメントし、次に話してほしい人にバトンをつないでいくというもの。

 

ぼくは不登校の経験がないので、あまり興味をもちませんでしたが、それでもよく見かけていました。

そんななか、なんとぼくにバトンが。不登校に対して関心がなくてもいいのかときいたところ、大丈夫みたいなので、これを期に真剣に考えてみたいと思います。

 

動画をとるまえに文章にして、ひととおりまとめとこうみたいな感じです。

 

小学校から高校までの、ぼくよ不登校に対してのイメージは、「かわいそう」、この一言しかありませんでした。

学校という世界がすべてだとおもっていたので、世界からはみ出してしまったさみしい人たち、という印象でした。

 

ぼくには不登校になった人たちに共感することはほとんどありませんでした。完全に本音です。

 

しかし、今の印象はかなり真反対。

いわゆる、普通の道といわれる「大学」を飛び出してからというものの、「かわいそう」だなんて一ミリも思わなくなりました。

 

体感なんですけど、「人間が深いなあ」「魅力的だなあ」とか思っている人たちが不登校だったケースがとても多いです。

のほほんとなにも考えずに生きてきたぼくとはちがい、成長期にいろんな葛藤とか苦しみと戦ってきたからなのかなあとも思っています。

 

不登校が終わったらなんとかなるぞ」「いいこと待ってるぞ」みたいなことを言いたいわけではないです。ぼく自身な不登校になったことないですから。

 

伝えられることがあるとすれば、不登校なんてまったく気にしてない、むしろプラスとされる世界もありますってこと。

 

ぼくはここ一年、大学いろんな人に会ってきました。不登校の人もちらほらいます。不登校の話題もあがります。

 

不登校だったことがあって‥」と話す人に、「いいですねいいですね~」という肯定から入るところだってあります。冗談とかネタ要素じゃなくて、素で不登校に魅力を感じている人たちです。

 

20歳にしてはいろんな種類の人に会ってきた自信はありますが、世間的にみたらまだまだ世界を知りません。それなのに、不登校を気にしないひとがこんなにいるということは、もはや不登校が不幸なんて言葉は意味がわからなくなりそうですね。「いやいや、気にしてないよそんなの」くらいな。

 

まあ、がんばりたくないときはがんばらないでいいと思うんで、無理しないでくださいね。